建設作業員2

こうして私は建設作業員のアルバイトを始めることになった。果たしてそのアルバイトは最初期待したとおり良いこと尽くしだったのか?結論から言えば、「全然」だった。先輩は「大したことない」なんて言っていたが、仕事のほとんどは私にとってはきついものだった。現場の掃除ぐらいは確かに大したことはなかったが、建築資材の運搬や建設現場の解体などはきつかった。建築資材について言えば、多くの建築物に使われている大きさ畳一畳、重さが一枚10キロぐらいの石膏ボードがあったのだが、これを運ぶ作業はきつかった。朝現場に行ってみて、現場の前にそのボードがうずたかく積まれていると、心が沈んだ。エレベーターがある建物ならまだしも、エレベーターのないビルの一階から五階までこのボードを200枚運ぶとなったらもう逃げ出したくなった。実際、あまりに仕事の内容がきついときには逃げ出す作業員もいたようだった。現場の解体作業などもヘルメットを被り、防塵マスクをつけて、バールや巨大なかなづちでひたすら部屋をたたき壊し、出てきたガラを外に運び出していくのだが、部屋の中は石綿やら訳の分からない物体が充満しており、こんな仕事を毎日やってたら間違いなく身体を壊すな、と思った。仕事が早く終わるという話は嘘ではなく、たまに午前中で終わることもあった。しかしそんな時は大概、石膏ボード300枚運搬というようなきつい仕事だった。一日の仕事で10万稼いだ作業員の話は有名で、一緒に仕事をした作業員も皆その話を知っており、また多くの作業員がそんな幸運なことが自分の身にも起こることを期待して働いていた。ところが私がその仕事を始めたころには、それはすでに単なるうわさ話になっていた。すでに事務所がクライアントの会社に、法外な給料を作業員に支払わないように契約の段階で話をつけるようになっていたから。私なんかせいぜい多くもらっても、2万行くか行かないかで、それを超えることはほとんどなかったように思う。おまけに仕事が終わるのは大体いつも夕方6時か7時ごろだったのだが、私が降りる電車の駅からアパートまでの帰り道は、居酒屋やレストランがひしめいており、丁度その時間になると居酒屋の店先に赤ちょうちんがぶら下がりはじめていた。疲れ切った身体で、ヘルメットとつなぎの作業着の入ったバッグを抱えて、とぼとぼと自分のアパートに向かって歩いているときに、赤ちょうちんをぶら下げた焼き鳥屋からもくもくと焼き鳥を焼く煙が出ているのを目にし、そのにおいを嗅いでしまうと、矢も楯もたまらずにその店に飛び込んでいた。そんなときは焼き鳥をたらふく食べ、生ビールを何杯も飲んでしまい、その日の稼ぎの半分ぐらいを使ってしまっていた。

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