そのアパートは不動産屋から歩いて10分ほどのとある商店街の中にあった。それはとても賑やかな通りで、レストランや洋服屋、小物屋、八百屋、喫茶店などいろんな店で埋め尽くされていた。アパートはその商店街を貫くメインストリートから少し入ったところにあった。「ここです」と不動産屋の男はとあるアパートの前で言った。私の目の前にあるアパートは木造の3階建てで、築は50年以上経っているように見えた。側面に鉄骨の階段がついており、3階の手すりの所についている小さい看板には「西山ハイツ」と書かれてあった。男がその階段を上り始めると、私はその後に続いた。
男は2階まで来ると、廊下を奥の方へ進んだ。一番奥にある部屋の前で立ち止まると、ポケットから鍵を取り出し、部屋の扉を大きく開け、私の方を向いて、「どうぞ」と言った。私は玄関で靴を脱ぎ、部屋の中に入った。私の後から男が部屋の中に入ってきた。
それは六畳一間の古い畳敷きの部屋だった。すぐ隣に別のアパートが建っているせいで、昼間にもかかわらず、部屋の中は薄暗かった。二日間歩き回ってようやく見つけた物件だったので、私は部屋の隅から隅までを丹念に見た。不動産屋の男は畳敷きの居間に突っ立って、私が内見する様子を眺めていた。私はまず台所を見た。それは1口のガスコンロが置ける程度のネコの額ほどの広さの台所だった。次に風呂を見た。風呂はトイレとセットになった古いタイプのユニットバスで、プラスチックの表面は色落ちして、白くなっていた。最後に不動産屋の男が立っている居間を通り、ベランダに出た。ベランダからは隣のアパートの壁が見え、手すりから身体をのけぞらせて上を見ると、ようやく空が見えた。ベランダから戻ると、不動産屋の男が私に聞いた。「どうですか?」「そうですね」と私は言って、二人が立っている居間をゆっくりと見まわした。その部屋はその当時私が住んでいた部屋より数段質が落ちた。次に入る人のために掃除はしてあるようだったが、内装や設備の古さは隠しようがなかった。私は居間の中をゆっくりと歩き回り、部屋の隅々を見ながら考えた。2日間その街を歩き回って、不動産屋を10軒以上回って、私の予算に合う部屋はこのアパートだけだった。これ以上街を歩き回って、部屋探しをしてみても、予算内の部屋を見付けることはできないだろう。今即決しないと、次に来たときには他の人に取られているかもしれないな、と思った。私はその部屋を借りることに決めた。
「この部屋を借りたいと思います」と私はその男の方を向いて言った。
「そうですか。じゃ、今日契約書作りますか?印鑑とか持ってきてます?」と男は言った。
「持ってます」と私は言った。
「分かりました。じゃあ、店に戻りますか」と男は言った。
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