ひきこもり

この一件があるまで、私は都会の孤独な生活に耐えながら、大学の講義にほとんど全て出席し、サークル活動にも励んでいたわけだが、この一件の後、まるで緊張の糸が切れてしまったかのように、あらゆることに関してやる気を失ってしまった。私は大学に行くのをやめ、自分の部屋に引きこもった。毎日昼近くまで寝て、起きてからは自分が住んでいる街をただ徘徊した。毎日行くのは、本屋と、パチンコ屋と、町立図書館だった。たまにレンタルビデオ屋に寄って、面白そうなビデオがあったら、それを借りた。夜は酒を飲みながら、借りてきたビデオを見たり、地上波のテレビをずっと見続けた。そんな生活を二週間ほど続けていると、あるクラスメートから電話がかかってきた。一緒にダンス部の説明会に行った彼だ。その後彼はダンス部に入り、毎日のようにダンスの練習に励んでいるようだった。私が電話を取ると彼は言った。
「なんだいたのか」
「いるさ」と私は言った。
「最近大学に来てないだろ。どうしたんだよ。みんな心配してるぜ。死んじゃったんじゃないかって」
「ちょっとな」と私は言った。
「ちょっとどうした」
「ちょっとツライことがあって」
「どうしたんだよ。言ってみろよ」と彼は言った。私はしばらく間をおいて小さい声で彼に言った。
「ちょっと女に振られてさ・・・」
すると彼はすべてを察したかのように、
「あ~」と言った。
「ショックで何をする気も起らないんだ」
「どっかで会おうぜ。俺が話を聞いてやるよ」
「電車に乗るのも億劫なんだ」
「じゃあ、今度俺がそっちに行ってやるよ」
それから2~3日後、彼はわざわざ私が住んでいる街まで来てくれた。私たちは駅の近くにあるファミリーレストランで会った。テーブル越しに私の顔を覗き込むと、彼は心配そうに言った。
「お前大丈夫か」
「全然大丈夫じゃないよ」と私はため息をつきながら言った。当時私はひどい顔をしていたと思う。あんまり風呂にも入っていないせいで、髪の毛はぼさぼさで脂ぎっていて、ひげも伸ばし放題。洋服も部屋着のスエットにジャンバーを羽織っただけだった。恰好をつけるのも面倒くさかった。私たちはコーヒーを注文し、私はそれをすすりながら、彼に自分の身に起こったことを話した。サークルのこと、サークルの彼女のこと、パーティでのこと、その他もろもろ・・・。話しが終わると彼は同情するように言った。
「それはキツイな」
「そうだろ」と私は言った。「お前こんな目にあったことあるか?」
「まだないな」
「そのうちお前もあうさ」
「あうかな?」
「絶対あうさ」と私はつぶやいた。
「それにしてもこのままずっと大学を休み続けるつもりか?そのうち退学になっちまうぜ」
「分かってる。でも肝心なやる気が全然出てこないんだ。どうしようもないよ」私はそう言うと、再びため息をついて、しばらく放心したようにテーブルの上を見つめていた。すると彼は心配そうに私の顔を覗き込みながら
「病院でも行けよ・・・」と言った。私は自分が病院に行くことについてしばらく考えてみた。そして、「そこまでのことはないと思う」と彼に答えた。が、本音を言うと、病院に行って、医者が本当に私のそのときの状況を改善してくれるような処方箋を出してくれるなら、お世話になりたいぐらいの気持ちだった。その後、私と彼はコーヒーをすすりながら、他愛のない話をだらだらと続けた。会話が止まり、しばらくの間沈黙していると、彼は突然思い出したかのように言った。
「そういえばさ、昔何かの本で読んだんだけど、恋に破れた者はよく旅に出るって言うよな」
「旅?」
「あぁ」と彼は言った。「自分の住み慣れた町を離れて、見知らぬ土地をさまよい歩けば、失恋の傷も癒されるって、何かの本に書いてあったような気がする」
「旅かぁ」と私は疑わしそうに言った。「一人で旅なんかして楽しいのかな?」
「どうだろうな」
「お前も行かんか?」私がそう言うと、彼はすまなそうに私の目の前で手を合わせて、
「ごめん。おれ今忙しいんだ。ダンス部の練習も毎日あるし、教員免許も取らなくちゃいけないから・・・」
「そうか」と私は言った。

コメント

タイトルとURLをコピーしました