こうして私はそのフリーペーパーのサークルに入ることになった。それからというもの、講義が終わると、私は毎日のようにフリーペーパーサークルの部室に行き、その活動に参加した。入る前に想像していた通り、そのサークルの活動はとても充実していた。実際に記事を書いたり、紙面を作るのは3年生と4年生で、1年生と2年生はそれ以外のさまざまな活動、例えば広告を取ってきたり、サークル内のイベントを準備したり、3、4年生が書いた記事の誤字・脱字をチェックしたりした。その間に1、2年生は3、4年生から記事の書き方や、紙面の作り方を学び、彼らが3年になるころまでには紙面づくりができるようになっているという寸法だった。サークルのメンバーはみなとても仲が良く、フリーペーパーの制作活動が終わると、一緒にご飯を食べに行ったり、遊びに行ったりした。春休みや夏休みには旅行に行ったりもした。私もそんなサークルのメンバーとの付き合いを楽しんで、このサークルを選んで良かったな、と思った。
あの奇妙な出来事が起こったのは、フリーペーパーサークルに入って一年ほどが経った、私が二年生の時の夏のことだったと思う。私はいつものように部室で、他の5,6人のサークルのメンバーと秋に出るフリーペーパーの準備をしていた。夕方の七時を過ぎたころ、誰かが、今日はもう作業をやめにしてみんなでご飯でも食べに行こうよ、と言い出した。それはよくあることだった。作業の後でみんなで一緒に大学の近くのレストランに行き、食事をし、お酒などを飲みながらワイワイ騒ぐのがとても楽しかった。その日部室にいたメンバーもだれもその提案に反対するものはなく、いつものようにみんなでどこかに晩御飯を食べに行くことになった。
その日は七月のとても暑い日で、夜の七時を過ぎているのに、あたりはまだ昼間のように明るかった。私たちは、大学の近くにある居酒屋やレストランが集まっている商店街の方向に歩を進めながら、その日はどんなレストランに行きたいかを話し合った。あるものは洋食屋さんが良いと言い、あるものはラーメンが良いと言い、あるものはイタリアンレストランに行きたい、と言って、話は全くまとまる気配がなかった。私も歩きながら、自分がその日何を食べたい気分かを考えていた。あの奇妙な出来事が起こったのはそんなときのことだった。私は私の目の前で、隣を歩いている女子のメンバーと楽しそうに会話をしている、女子のフリーペーパーサークルのメンバーに突然特異な感情を持った。その感情とは具体的に言えば、その女の子を自分だけの所有物にしたいという欲望だった。彼女を自分の部屋に閉じ込めて、他人に指一本触れさせず、自分だけのものにしたいと思った。一体なぜこんな特異な感情に突然襲われるのだろう。私はそれに気付いた時とても慌ててしまった。だってそうだろう。ほんの30分ぐらい前までは、その子に対してそんな感情を持つこともなく、仲の良いサークルのメンバーの一人として、フリーペーパーの製作を楽しんでいただけなのに。私は驚きのあまりほとんど言葉を失ってしまった。私は何も考えることができず、ただ前を歩いている他のメンバーの後を、まるで魂のない人形のようについていくだけだった。男子学生の誰れかに「お前は何が食べたい?」と聞かれたが、私は「なんでもいい」としか答えることが出来なかった。
その日何のレストランに行って何を食べたかなんて覚えていない。ただ食事を終えてレストランを出た後、地下鉄の駅でその女の子と別れるとき、とてもつらかったのを覚えている。
※※※
それからというもの、私はその女の子のことしか考えることが出来なくなってしまった。講義中もその子のことばかり考えていて、講義の内容は全く頭の中に入ってこなかった。部室にいたら、彼女が目の前にいるので、彼女のことが気になって、作業に集中できず、部室に来ていなければ来ていないで、なんで今日は部室に来てないんだろう、と気になった。家に帰って、夜寝ていると夢の中にまで彼女が出てきた。こんなことではいけないと彼女のことを頭から追い払い、講義やサークルの活動にもっと集中しようとしたのだが、しばらく試してみてそれは無駄な試みであることが分かった。彼女はまるで巨大な大仏のように私の中にどっしりと居座ってしまって、びくともしなかった。彼女のことを考えないようにすることが無駄であることが分かった瞬間、私はそれをあきらめて、自分の欲望に忠実になることに決めた。彼女を他の誰にもさわらせず、自分だけのものにするのだ。とは言っても、即座にそれを実行に移せない理由があった。彼女にはすでにボーイフレンドがいたのだ。彼は私たちの同じ大学の法学部の学生で、彼女はよくそのボーイフレンドと一緒にフリーペーパーの部室にやってきた。私は二人を見ていつも、なんで部員でもないのにこの男は部室にやってくるのだろう?と苦々しく思っていた。私の目の前で二人が楽しそうに会話しているのを見ると、激しい嫉妬心を感じたものだ。そんな悶々とした日々を送っていたころ、ある日突然彼女は部室にボーイフレンドを連れてこなくなった。私は気になって、彼女と仲の良い友人に、フリーペーパーの製作中にそれとなく聞いてみた。
「最近彼こないね」
「誰?」と彼女の友人は私のほうを見て言った。
「ほら。あの法学部の」と私は言った。するとその女の子は悟ったような顔をして、
「あぁ」と言った。「別れたらしいよ」
「ほんと」と私は無関心を装って言った。
「えぇ。なんか上手くいかなくなったんだって」とその女の子は言った。 「そうなんだ」と私は再びまるで全く興味がなさそうなふりをして返事をした。ところが正直に言うと、私はその場で万歳三唱がしたいくらい嬉しかった。それからというもの私は私の欲望をどうやって実行に移すか計画を練り始めた。
コメント