ある日私は大学の総務課に行って、クラブとサークルのパンフレットをもらってきた。私はそのパンフレットを見ながら、どのサークルに入るか考えた。パンフレットを見ていると、その大学には大学生が興味を持つであろう、およそすべての分野についてクラブやサークルが網羅されていることが分かった。大きく分けるとそれはスポーツ系と文化系に分かれていた。私はスポーツ系には興味がなかったので、入るとすれば文化系のクラブだった。パンフレットをじっくり見た後で、私が興味を持ったのは映画のサークルと、ESS(英語サークル)とフリーペーパーを作っているサークルだった。そのパンフレットに書かれてある内容だけでは今一つ彼らがどんな活動をしているのか分からなかったので、実際部室に行って部員に話を聞いてみることにした。
その大学には「サークル棟」と呼ばれるサークルの部室が入っている建物があった。ある日、私は講義が終わった後で、その建物を訪ねてみた。それは地上四階、地下一階の白い建物だった。建物の中に入るとすぐにエレベーターがあり、エレベーターの横にはどのサークルがどの部屋に入っているかを示す配置図があった。その配置図には、私が興味を持ったサークルもあった。私はとりあえずエレベーターに乗って四階まで上がり、下まで降りて行きながら、活動の様子を見てみることにした。
四階でエレベーターを降りると、右手にレストランがあった。左手には踊り場があり、そこでは数名の大学生が本を片手に立ったまま、声を出して何かを読んでいた。彼らのそばを通り過ぎると、どうやらそれは演劇部の練習だった。部室の集まっている廊下を通ると、四階には演劇関係のサークルが集まっていることが分かった。三階に降りると、そこには美術や書道、囲碁や将棋のサークルが集まっていた。私が興味を持った映画サークルもその階にあった。私は部室の入口の扉に掲げてあるサークル名を確認しながら、三階の廊下を歩いた。すると私が興味を持った映画サークルの部室があった。その部室の入口の扉は大きく開いており、中では二人の男子部員がたばこの煙をくゆらせながら、テーブルをはさんで物憂げに、何やら会話をしていた。私がパンフレットを片手に、部室の前に突っ立っていると、そのうちの一人が私に話しかけてきた。
「何か用?」
「ここは映画のサークルですか?」と私が言った。
「そうだよ」と同じ男子大学生が言った。
「こちらのサークルに興味があるんですが、少しお話を聞かせてもらえませんか」
「構わないよ。どうぞ」
「ありがとうございます」と言って、私はその部室の中に入った。中に入ると、二人の男子学生は私に椅子をすすめてくれたので、私はそれに座った。二人の男子学生の一人が私の顔を見て言った。
「一年生?」
「そうです」
「まだサークルに入ってなかったの?」
「ええ。しばらく様子を見たかったものですから」と私は言った。
「そうなんだ」
「こちらはどんな活動をしているんですか」私がそう尋ねると、一人の男子学生は壁際の棚から一冊のパンフレットを取り、私のほうに差し出しながら、「自分たちは年に四回、そのパンフレットを作って発行してるよ」と言った。
「見せてもらっても良いですか」
「どうぞ」とその男子学生は言ってパンフレットを私のほうに差し出した。私はパンフレットを手に取り、中を見てみた。そのパンフレットには新作映画の情報や、すでに公開された古い映画の批評などが掲載されていた。私はパンフレットに目を通しながら、男子学生の話を聞いた。「他にはどんなことをされているんですか」
「そのパンフレットを作るのがメインで、後は他の大学の映画サークルと交流したりしてる」
「実際に映画を作ったりはしないんですか」と私は言った。
「それはやってないね。大変だから」と男子学生は言った。それを聞いて私は少しがっかりした。なぜなら私はどうせ映画サークルに入るなら、実際に映画を作ってみたかったから。パンフレットを見終わると、私はそれを男子学生に返そうとした。
「どうもありがとうございました」
「それ持ってっていいよ」
「いいんですか」と私は言った。するとその男子学生はうなずいた。
「平日の夕方は必ずだれかがこの部室にいるから、興味があるならまた訪ねてきて」とその男子学生は言った。
「分かりました。いろいろとありがとうございました」
「どういたしまして」とその男子学生は言った。私は椅子から立ち上がり、二人の男子学生に頭を下げた。
映画サークルの部室を出ると、私は二階に降りた。二階には思想や学問、法律などのサークルが集まっていた。私が興味を持ったESSのサークルの部室もそこにあった。その部室の前まで来ると、入口の扉は閉められていた。扉にはガラスの小窓がついていたので、そこから中の様子を覗いてみた。そのESSのサークルの部室は前の映画サークルの部室の二倍ぐらいの広さがあった。部屋の中央には楕円形のテーブルが置いてあり、その周りには八名ほどの女子学生が座っていた。テーブルの横にはホワイトボードがあり、そこには男子学生が立っていて、黒いマジックで何やら英語で書き付けていた。その様子は突然入って行って、サークルの活動について質問できるような雰囲気ではまるでなかったので、興味があればまた後で来ようと思った。
一階にはフリーペーパーのサークルの部室があった。その部室の前に来ると、部屋の扉は大きく開いていて、中では一人の女子学生と二人の男子学生が机をはさんで、話をしていた。私が入口のところに突っ立っていると、女子学生が私に話しかけてきた。
「何か用?」
「こちらはフリーぺーパーを作っているサークルですか?」と私は言った。
「そうよ」と女子学生が言った。
「こちらのサークルに興味があるんですが、少し話を聞かせてもらえませんか」と私は言った。
「いいわよ。どうぞ。入って」とその女子学生は言った。
「ありがとうございます」と私は言って、その部室に入った。女子学生が椅子を差し出してくれたので、私はその椅子に座った。私が椅子に座ると、その女子学生が私に言った。
「あなた一年生?」
「そうです」と私は言った。
「まだサークルに入ってなかったの?もう7月じゃない」
「しばらくは様子を見たかったものですから」と私は言った。
「そうなんだ」と女子学生は言った。
「こちらはどんな活動をしているんですか」と私は言った。するとその女子学生は振り返って、自分の後ろにある棚から一部の冊子を手に取り私のほうに差し出した。
「うちは年に四回それを学内で発行しているわ」
「見せてもらってもよいですか」
「どうぞ」私はその冊子を手に取り、中を開いてみた。それはA4判で、大学についてのニュースや、大学周辺のいろんな種類のお店の情報が掲載されていた。ページ数も前の映画サークルでもらったパンフレットよりはるかに多かった。
「これを年四回出すのはなかなか大変そうですね」と私はページを繰りながら言った。
「そうね」と女子学生は言った。「でもそんなことが好きな人ばかり集まってやってるから、みんな楽しくやってるわ」
「製作費とかはどうしているんですか」
「中に広告があるでしょ。大学の近くのお店とか会社に広告を募って、広告費で賄ってるわ」見ると確かに紙面の下部や記事の間に広告があった。「なるほど」と私は感心していった。すべてのページを見終わると、私はそのパンフレットを女子学生に返そうとした。
「ありがとうございました」
「それ持ってっていいわよ」と女子学生は言った。
「本当ですか」と私は言った。すると女子学生はうなずいた。「うちはいつも夜の7時から8時ぐらいまでは誰かがここで作業してるから、興味があるならまた訪ねてきて。土曜も午前中は誰かがここにいるから」
「分かりました」と私は言った。「いろいろとありがとうございました」
「どういたしまして」とその女子学生はニッコリ笑って、私に言った。
フリーペーパーの部室を出ると、私は地階に降りた。地階にはアメリカンフットボール部や野球部、ラグビー部などのスポーツ系のクラブの部室で占められていた。シャワールームや洗濯室があり、洗濯室には汚れたユニフォームがうずたかく積まれていて、その前を通り過ぎると、汗臭いにおいがした。地階の薄暗い廊下の中を歩き回り、そこに私の興味をひくものが何も存在しないことが分かると、私は一階に戻り、その建物を出た。
※
その日私は自分の部屋に戻り、映画サークルとフリーペーパーのサークルからもらった冊子を見比べながら、どのサークルに入るか考えた。フリーペーパーサークルがくれた冊子は読めば読むほどしっかり作られていることが分かった。私は高校生の時から雑誌を読んだり、作ったりするのが好きだった。そのフリーペーパーのサークルに入れば楽しそうだし、いろんな経験が出来るような気がした。私はフリーペーパーのサークルに入ることに決めた。
翌週私は再びフリーペーパーの部室を訪れた。その日は私に話をしてくれた女子学生と別の男子学生が数名いた。話を聞くと、その女子学生は実はそのサークルの部長だった。私がそのサークルに入りたいことを告げると、そこにいた部員はみな私の入部を歓迎してくれた。
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