歓迎会

ダンスのデモの後で、私は連れの男子学生の横に座って、彼がダンス部の説明を受ける様子を見ていた。その様子を見ていると、彼は本当にダンスに興味があるように思えた。
 5時を過ぎると、どこからともなくその教室に大学生が集まってきた。どうやらその教室は6時から始まる歓迎会に皆で行くための待ち合わせ場所になっているようだった。5時30分には、50名ほどの新入生やダンス部員の大学生がそこに集まり、教室の中は騒がしくなってきた。それからしばらくすると私たちは歩いて、歓迎会が開かれる居酒屋に向かった。
 その居酒屋は大学から歩いて10分ほどのところにある、商店街の中のとあるビルの地下にあった。私たちは歩いてぞろぞろと、集団でその居酒屋に向かった。
 店の中は、テーブルや椅子が整然と並べられていて、私たち以外に他の客は誰もいなかった。私たちはどこでも好きな席に座るように言われたので、適当に自分の座りたい場所に座った。新入生の間には必ずダンス部員が座った。彼らは食事をしながら新入生たちの相手をしてくれるようだった。
 全員が席に着くと、どこからともなくウェイターやウェイトレスが現れて、ビールやソフトドリンクなどの飲み物を私たちのテーブルの上に並べ始めた。すべての学生に飲み物が行き渡ると、一人の男性のダンス部員が飲物を持って立ち上がり、スピーチを始めた。
「今日はみなさん私たちの歓迎会に来てくれてありがとうございます。私たちのダンスはどうでしたか。楽しんでもらえましたか?」ダンス部員がそう言うと、新入生たちはうなずいていた。「私たちのダンス部は40年以上の歴史があって、いろんな大会に参加して、たくさんの賞をもらっています。部員の数も多くて、1日の講義が終わった後、毎日練習をしています。正直に言うと、部員全員が大会に出れるような優秀なダンサーになれる訳ではありません。大会に出れるのはほんの一握りのダンサーです。それでもみんな目標に向かって、毎日楽しく練習をしています。みなさんももしうちのダンス部に入れば、きっと充実した大学生活を送ることができると思います」そのダンス部員のスピーチが終わると、乾杯があり、歓迎会が始まった。
 それから再びウェイターやウェイトレスがやってきて、テーブルの上に料理を並べ始めた。会が始まってしばらくすると、その場所にいるすべての学生は、新入生もダンス部員も、立ち上がって自己紹介をするように言われた。何かその場が盛り上がるような面白い芸ができる人は、芸をするように言われた。すると中には立ち上がって歌を歌ったり、有名人の物真似をする学生もいた。私も順番が来たら、自己紹介をした。私はそんな場所で芸をするなんてことは恥ずかしくてやりたくなかったので、自分の出身地や在籍する学部や趣味の話などの簡単な自己紹介をした。
 歓迎会が始まってすぐは周りがその日初めて出会った人ばかりだったので、場の空気も堅かったのだが、お酒が入り、食事が始まるとすぐに学生たちは打ち解けて、その場もにぎやかになってきた。私は居酒屋でお酒を飲むのは初めてだったのだが、ビールをちびちびと飲みながら、隣にいるダンス部員や新入生と話をしていた。
 会がはじまってしばらくすると、学生たちは最初に座った座席を離れて、他の自分の座りたい席に移動し始めた。するとどこからともなく私の隣に女性のダンス部員がやってきて、私に話しかけてきた。そのダンス部員はどうやら私の自己紹介を聞いて、同じ学部であることが分かって、私の隣に来てくれたようだった。彼女は私に学部についてのいろんな話をしてくれた。どの教授の講義が面白くて、どの教授の講義がつまらないだとか、どの講義が難しくて、どの講義が簡単に単位が取れるだとか、そんな話だった。私はビールを飲みながら彼女の話をうなずきながら聞いていた。よく見るとその女性ダンス部員はとても美しかった。彼女のことを見ながら、大学の話を聞いていると、こんな人がガールフレンドだったら、大学生活もさぞ楽しいだろうな、と思った。
 その女性ダンス部員はいろんな話をしながら、私にどんどんお酒を勧めてくれた。私はそのときお酒を飲むのはほとんどはじめてに近かったのだが、その女性ダンス部員に勧められると、何となく嬉しくなって、勧めらるまま飲んでしまった。途中までは気持ちよく飲んでいたのだが、次第に気持ち悪くなってきて、会が終わるころには、かなり気分が悪くなってきた。会の最後では、誰とも会話をせず、ただ壁にもたれかかって休んでいた。すると女性が私にささやくのが聞こえた。
「大丈夫?」
「大丈夫じゃないです」と私は小声で言った。
「もう会はお開きよ。行きましょう」それは私に学部の説明をしてくれた同じ学部の女性ダンス部員だった。私は椅子に座りなおして、立ち上がろうとした。だが立ち上がることができなかった。
「ちょっと気持ち悪いんで、しばらくここで休んでいきます」と私は言った。
「だめよ。もうみんなここを出ていかなくちゃいけないから」とその女性ダンス部員が言った。私がその声を無視して、再び壁にもたれかかり休もうとすると、別の女性ダンス部員がやってきて、私の前にいる女性ダンス部員と話を始めた。
「どうしたの?」
「彼、気持ち悪いんだって」
「しょうがないわね。じゃ、二人で抱えて行きましょうか」
「そうね」
二人の女性がそんな会話を私の頭上でしているのが聞こえた。「さぁ、駅まで歩いていくわよ」という声が聞こえると、私は左側から腕を引っ張られ、無理やり立ち上がらせられた。すると右側から別の女性ダンス部員に腕を持たれ、私は二人の女性ダンス部員に肩を抱えられるような形で、店を出た。
 私は二人の女性ダンス部員に両側から肩を抱えられながら、地下鉄の駅までふらふらとゆっくり歩いて行った。途中で躓いて、何度か転びそうになったが、そのたびに二人の女性ダンス部員が支えてくれた。二人とも香水をつけているせいか、とても良いにおいがした。なんとか電車の駅にたどり着くと、私は駅の構内にあるベンチに座らされた。そこでも私はまだ気持ちが悪かった。二人の女性ダンス部員はベンチに座っている私の顔を覗き込みながら言った。
「あなた大丈夫?」
「まだ気持ち悪いです」と私は言った。
「自分の家まで帰れる?」
「まだ無理なんで、しばらくここで休んで行きます」
「そう。じゃ、気を付けてね」二人の女性ダンス部員は私にそう言うと、私に手を振りながら去って行った。私も二人に向かって手をひらひらと振った。二人の女性ダンス部員が行ってしまい、一人になると、私はそのベンチの上に横になった。横になると、座っているときより大分気分が楽になった。それは四月の頭のことで、時折吹いてくる夜風がまだ冷たくて心地よかった。その状態で気分が良くなるの待っていると、背広を着たサラリーマンやスーツを着た女性達が、いそいそと私の目の前を行き交うのが見えた。おそらく二時間ほどその状態でベンチの上で休んでいたと思う。すると大分気分が良くなってきた。座り直して、周りを見渡し、遠くにある時計を見ると、すでに夜中の12時を過ぎていた。私はベンチから立ち上がり、次にやってきた自分のアパート方面行の電車に乗った。

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