そのアパートは都心から電車で1時間ほどの街にあった。夕方の六時頃アパートにつくと、部屋の鍵を開けて中に入った。それは台所と風呂が付いた、六畳一間の部屋だった。部屋に入ると、私は畳敷きの居間に座った。部屋の中にあるものは、布団と着替えなどが入ったバッグと、コップや食器などの生活必需品を入れた段ボール箱が二箱あるだけだった。それ以外にはテレビも、机も、椅子もベッドも何もなかった。私は畳敷きの居間に大の字になり、天井を見た。いよいよ心待ちにしていた大学生活が始まった。高校を卒業するずっと前から、私はそれを楽しみにしていた。私は中学生の時から続いていた、厳しい規則と勉強ばかりの生活に心底嫌気がさしていた。そんな訳で、私は両親と別れて、アパートについて、夢にまで見たひとり暮らしが始まると、天にも昇るような幸せな気分になるのだろうと思っていた。ところが実際その日の夕方、アパートの部屋で一人になってみると、不思議なことに全くそんな気分になれなかった。むしろそれとは全く反対の、それまでに感じたことのない感情を感じた。感じたことがないので、どんな感情かを言い表すことは難しいのだが、あえて言えば、それは「不安感」に近かった。「この不安感は一体何なのだろう?」私は居間で大の字になり、天井の木目の模様を眺めながらその不慣れな感情について考えた。その不安感は、時計の針が進み、辺りがだんだんと暗くなるのにつれて、次第に大きくなっていった。夜の七時を過ぎて、辺りが完全に暗くなると、それは耐えがたいものとなった。私はその不安感から逃げ出すために、部屋を出て、地下鉄の駅のそばにある商店街に行くことにした。そこに行けば、まだスーパーや本屋などの店が開いていて、その不安感から逃れることができると思ったから。
コメント